ということで、起業したいと思います。
こんな短期間にやってうまくいくかどうかはわかりませんが
頑張ってやってみるつもりです。
きっかけは、僕が春先から今の働いているところで
モチベーションが落ちることが立て続けにあり、結構精神的に疲れていました。
そこから這い上がろうと、僕自身がやりがいを探す事に必死になっていました。
※今もそうですが
そしていろんな人に相談して色んな事を考えるようになりました。
結論としては、今の自分を他の人や環境の性にしてはいけない。とおもいました。
じゃあ、僕は何が出来る?僕は結局何も出来ない??
そしてボンヤリとした結論がひとつでました。
そんな僕だからこそ、僕みたいな青二才だからこそ
何かを成し遂げる意味があるのではないか?と
いろんな夢を追う力を他の人にもってもらえるのではないか?とおもい。
起業という冒険にでることにしました。
そういいつつも、銀行や今働いている会社の引継業務で
「なんでそうなるのだ?」と四六時中くじけていますが、
そんな自分となんとかやりくりして頑張りたいと思っています。
ご理解いただけると嬉しいです。
2011年11月24日木曜日
「立川談志(tatekawa danshi )」を知らない人たちへ
2011/11/21になくなられた立川談志さんについて書こうと思う。
■動機
僕は別に顔見知りではないし、寄席関係者でもない。
ましてや僕の年代でこの人のことを詳しい人なんて希有だと思う。
だから、知ったかぶりして色々書くのはどうかとおもったのだが
今日とかのニュースでマスコミが彼に「異端児」という
まことにいい加減で無責任なレッテルをつけているのが
どうしても許せなくて、お昼ご飯そっちのけで文書を考えています。
■目的
Wikiやニュース記事などにはあまり書かれていないことを
「談志厨(※こんな言葉ないですが)」の一人として
今まで談志さんを知らなかった人に「知ったかぶり」をしてもらい
彼が残した落語や書籍に興味をもってもらいたくて記事を書きます。
※本当に親しかった方々には乱暴な文章になるかもしれませんが
ご理解いただけると思って書きます。ご了承願います。
■ファンになったきっかけ
僕は大学時代に落語研究会という落語をするサークルに入部してました。
これが「知る」きっかけでしたが、ファンにはなってませんでした。
正直「談志さんの落語は味があるなぁ」としか思っていませんでした。
ファンになったのは大学を出た後のことです。
談志ファンの多くの人は体験したことないかもしれませんが
僕等の世代はバブル崩壊後なので就職活動がとても大変でした。
田舎の大学だと、まず面接うけられるだけでもスゴイ快挙なくらいで
それをクリアしてもたくさんのブラック企業が待ち構えている図式です。
そんな就職活動の中僕は病気で入院し、その最中僕の父が亡くなりました。
何も楽しくないのに生きなければ行けないし、
就職できないのに就職活動しなければいけいないし
食費さえままならないのにお腹はすくし
ホントみじめな気分になりました。
そして僕は大学時代の楽しかったことを思い出して
「そういえばあの頃良かったなぁ~」とか
「もうあんな時代なんてこないんだろうなぁ~」とか
そんな事を思いながら大学時代にため込んでいた
本やCDで落語を聞き漁り始めたのです。
そして、その時初めて談志さんの書いている事、演じていることが
心にズシンと音を立てて響くようになってきたのです。
そして僕は立川談志さんのファンになりました。
■落語の凄さ
「落語」という芸能は西洋の舞台劇や歌舞伎と比べると表現方法は制約だらけです。
正座してるので場所の移動はできないし、高座に上がれば全部一人で演じなければいけない。
小道具も着る衣装だって制約がある。だから表現する方法には限りがある。
なのに色んな事を落語は表現しないといけません。
色んな事を限られた時間と方法で演じるには「演じる部分、説明する部分」と
「演じない部分、説明しない部分」を仕分けする作業が絶対必要になってきます。
「演じない部分、説明しない部分」とは、
「説明しなくても万民がわかっているに共通の事実」
つまり、それを言い換えると「人間の業」だと僕は思っています。
一人の落語家がずっと演じ続けて生活をして行くには
「人間の業」という大きな壁と一度はまじめに取り組まないといけなくなるんじゃないかな?
素人ながらに、落語の凄いところはここだと僕は思うのです。
■立川談志さんの凄さ
談志さんの主張を誤解を恐れずに僕なりに説明するとこうなります。
彼(談志さん)は色んなところで、良く他の人をベタボメしています。
とにかくスゴイ。爆笑問題スゴイ。手塚治虫はスゴイ。
ハリウッドのミュージカルはスゴイ。テツ&トモはスゴイ。・・・
しかし、そんな彼(談志さん)が徹底的に攻撃するものもありました。
「定義づけられていない常識」「人を殺すための正義」・・・
彼はなぜそれらと戦っていたのでしょうか?
それも一番目立つメディアを使って。
-------それは僕はこう解釈しています。
彼の本を読むと感じると思うのですが、彼は人間を底なしに愛していました。
そんなことを僕みたいな一ファンが言い切っても
問題ないのではないかと思うくらいの愛情が文章にはあると思います。
そして、そんな人間の未来についてできる最大限の行動を
談志さんはいつも模索しているように思えました。そう僕は信じています。
たった一代でつくりあげた立川流が後ろ盾というわけでもなく
落語一本で彼は社会と立ち向かい、
人間社会の未来を混乱させるあらゆるものと戦っていました。
それが僕が"立川談志は凄い"と心底思うところです。
■最後に
未来に失望したから努力をしないという人は大勢居ると思います。
大学卒業した頃の僕もぶっちゃけそうでした。
しかし、それは「努力をしないための言い訳」だったのだと今では思っています。
「頑張っても無理だからやらない」とか
「ごく一般的にそうじゃないから」とか
「普通はこうだよね」とか「他の人もこうしているから」とか
人が努力をしない理由としてあがる言葉は恐ろしいくらい似ています。
僕は予言者ではありませんが、こう思うのです。
人間は「失望的な未来をズバリ当てることは出来ない」と
ノストラダムスもマヤ暦も簡単にはずれます。
しかし、僕はこうも思うのです。
人間は「希望的な未来を実現させることが出来る」と
ジョブズも坂本龍馬もライト兄弟も実現させてきました。
希望的な未来のために「努力しても良いかなぁ~」とか
「戦っても良いかな~」とか、僕は思ったりしているのです。
今の僕と同じように「自分の希望的な未来のために努力すること」に興味がある人。
「未来のために戦っても良いな」と思って、既存の価値観と戦う武器を探している人。
ぜひ談志さんの落語・書籍を書店で手に取ることをオススメします。
ペラペラとめくってみて目にとまった文章がマスコミの報道と印象が違うことに、
ほんの少しの驚きと、ちょっとした勇気をわけてもらうと良いと思います。
無理に買わなくてもいいですけど。
2011/11/24 初稿
■動機
僕は別に顔見知りではないし、寄席関係者でもない。
ましてや僕の年代でこの人のことを詳しい人なんて希有だと思う。
だから、知ったかぶりして色々書くのはどうかとおもったのだが
今日とかのニュースでマスコミが彼に「異端児」という
まことにいい加減で無責任なレッテルをつけているのが
どうしても許せなくて、お昼ご飯そっちのけで文書を考えています。
■目的
Wikiやニュース記事などにはあまり書かれていないことを
「談志厨(※こんな言葉ないですが)」の一人として
今まで談志さんを知らなかった人に「知ったかぶり」をしてもらい
彼が残した落語や書籍に興味をもってもらいたくて記事を書きます。
※本当に親しかった方々には乱暴な文章になるかもしれませんが
ご理解いただけると思って書きます。ご了承願います。
■ファンになったきっかけ
僕は大学時代に落語研究会という落語をするサークルに入部してました。
これが「知る」きっかけでしたが、ファンにはなってませんでした。
正直「談志さんの落語は味があるなぁ」としか思っていませんでした。
ファンになったのは大学を出た後のことです。
談志ファンの多くの人は体験したことないかもしれませんが
僕等の世代はバブル崩壊後なので就職活動がとても大変でした。
田舎の大学だと、まず面接うけられるだけでもスゴイ快挙なくらいで
それをクリアしてもたくさんのブラック企業が待ち構えている図式です。
そんな就職活動の中僕は病気で入院し、その最中僕の父が亡くなりました。
何も楽しくないのに生きなければ行けないし、
就職できないのに就職活動しなければいけいないし
食費さえままならないのにお腹はすくし
ホントみじめな気分になりました。
そして僕は大学時代の楽しかったことを思い出して
「そういえばあの頃良かったなぁ~」とか
「もうあんな時代なんてこないんだろうなぁ~」とか
そんな事を思いながら大学時代にため込んでいた
本やCDで落語を聞き漁り始めたのです。
そして、その時初めて談志さんの書いている事、演じていることが
心にズシンと音を立てて響くようになってきたのです。
そして僕は立川談志さんのファンになりました。
■落語の凄さ
「落語」という芸能は西洋の舞台劇や歌舞伎と比べると表現方法は制約だらけです。
正座してるので場所の移動はできないし、高座に上がれば全部一人で演じなければいけない。
小道具も着る衣装だって制約がある。だから表現する方法には限りがある。
なのに色んな事を落語は表現しないといけません。
色んな事を限られた時間と方法で演じるには「演じる部分、説明する部分」と
「演じない部分、説明しない部分」を仕分けする作業が絶対必要になってきます。
「演じない部分、説明しない部分」とは、
「説明しなくても万民がわかっているに共通の事実」
つまり、それを言い換えると「人間の業」だと僕は思っています。
一人の落語家がずっと演じ続けて生活をして行くには
「人間の業」という大きな壁と一度はまじめに取り組まないといけなくなるんじゃないかな?
素人ながらに、落語の凄いところはここだと僕は思うのです。
■立川談志さんの凄さ
談志さんの主張を誤解を恐れずに僕なりに説明するとこうなります。
落語はスゴイ。だからそれを作った日本文化はスゴイ。
だからそれを考えた人間という生き物はスゴイ。
そしてそれをズバリ言える俺(談志さん)はめちゃくちゃスゴイ。
彼(談志さん)は色んなところで、良く他の人をベタボメしています。
とにかくスゴイ。爆笑問題スゴイ。手塚治虫はスゴイ。
ハリウッドのミュージカルはスゴイ。テツ&トモはスゴイ。・・・
しかし、そんな彼(談志さん)が徹底的に攻撃するものもありました。
「定義づけられていない常識」「人を殺すための正義」・・・
彼はなぜそれらと戦っていたのでしょうか?
それも一番目立つメディアを使って。
-------それは僕はこう解釈しています。
談志さんはきっとこう考えていたと思うのです。
「人間を制約して未来を混乱させるものは許さない」
彼の本を読むと感じると思うのですが、彼は人間を底なしに愛していました。
そんなことを僕みたいな一ファンが言い切っても
問題ないのではないかと思うくらいの愛情が文章にはあると思います。
そして、そんな人間の未来についてできる最大限の行動を
談志さんはいつも模索しているように思えました。そう僕は信じています。
たった一代でつくりあげた立川流が後ろ盾というわけでもなく
落語一本で彼は社会と立ち向かい、
人間社会の未来を混乱させるあらゆるものと戦っていました。
それが僕が"立川談志は凄い"と心底思うところです。
■最後に
未来に失望したから努力をしないという人は大勢居ると思います。
大学卒業した頃の僕もぶっちゃけそうでした。
しかし、それは「努力をしないための言い訳」だったのだと今では思っています。
「頑張っても無理だからやらない」とか
「ごく一般的にそうじゃないから」とか
「普通はこうだよね」とか「他の人もこうしているから」とか
人が努力をしない理由としてあがる言葉は恐ろしいくらい似ています。
僕は予言者ではありませんが、こう思うのです。
人間は「失望的な未来をズバリ当てることは出来ない」と
ノストラダムスもマヤ暦も簡単にはずれます。
しかし、僕はこうも思うのです。
人間は「希望的な未来を実現させることが出来る」と
ジョブズも坂本龍馬もライト兄弟も実現させてきました。
希望的な未来のために「努力しても良いかなぁ~」とか
「戦っても良いかな~」とか、僕は思ったりしているのです。
今の僕と同じように「自分の希望的な未来のために努力すること」に興味がある人。
「未来のために戦っても良いな」と思って、既存の価値観と戦う武器を探している人。
ぜひ談志さんの落語・書籍を書店で手に取ることをオススメします。
ペラペラとめくってみて目にとまった文章がマスコミの報道と印象が違うことに、
ほんの少しの驚きと、ちょっとした勇気をわけてもらうと良いと思います。
無理に買わなくてもいいですけど。
2011/11/24 初稿
2011年11月11日金曜日
2011年10月15日土曜日
2011年8月28日日曜日
ステップアップしよう
暑い。けど夏はもう終わりかな。
月日の流れを感じながら8月中に書かないといけないと思っていることを書いてみる。
それは年齢の話。
仕事が大変だった20代。結婚、離婚とバタバタだった30代。
だんだん40代という数字が刻々と近づいてきているわけで。
なんだろうなぁ・・・
ネットで仲良くさせてもらっている人に
年齢がばれるのは(過去隠した覚えがない)
全くもって気にならない。
しかし、ネットでもリアルでもたまに僕の年齢に驚く人が居るのは事実で
それに対応するすべを僕はもっていない。
みんな年を取ったらどうなりたいと思っているのかな・・・
自分が健康である限り、この年齢の倍以上は生きたいと思っている。
だから自分でこの歳について冷静に考える必要があると
常日頃から思っている。
年を取る度に「地味になる」必要があるのだとしたら
明日からの一日一日は、いったいどう生きていけば良いのだろうか?
んんんん
今のままで良いとはおもわない。ステップアップしたい。
けれどそれって「老ける」ってことじゃないよね?
月日の流れを感じながら8月中に書かないといけないと思っていることを書いてみる。
それは年齢の話。
仕事が大変だった20代。結婚、離婚とバタバタだった30代。
だんだん40代という数字が刻々と近づいてきているわけで。
なんだろうなぁ・・・
ネットで仲良くさせてもらっている人に
年齢がばれるのは(過去隠した覚えがない)
全くもって気にならない。
しかし、ネットでもリアルでもたまに僕の年齢に驚く人が居るのは事実で
それに対応するすべを僕はもっていない。
みんな年を取ったらどうなりたいと思っているのかな・・・
自分が健康である限り、この年齢の倍以上は生きたいと思っている。
だから自分でこの歳について冷静に考える必要があると
常日頃から思っている。
年を取る度に「地味になる」必要があるのだとしたら
明日からの一日一日は、いったいどう生きていけば良いのだろうか?
んんんん
今のままで良いとはおもわない。ステップアップしたい。
けれどそれって「老ける」ってことじゃないよね?
2011年8月20日土曜日
歌ってみない僕の歌ってみた(その2)
少し涼しく?なってきたので続きを書きます。
前回
自分のための整理作業です。
-------------------------------とにかく、つづきです。
今回は「僕にとっての音楽」について書きます、
■年少時代
我が家の父は歌がスキで、家でカラオケするほどでした。
母は父につき合う程度で、姉と妹はヒットソングを漁ったり歌ったりしてました。
小さい頃の僕はどちらかというと歌ったりすることは嫌いではなかったと記憶しています。
ただ、生まれながらの喘息持ちだった僕は極度の鼻炎持ちでした。
良く風邪を引いては鼻をかんだゴミで袋を大量につくってた気がします。
そんなわけで小さな頃の僕の写真は鼻を垂らしているか、口をぽかーんと開けっ放しか
とにかくおバカな顔をしていて、夜な夜な母が父に
「あのダメな子の将来が心配」と愚痴ってたのを覚えています。
※世の中のお父さんお母さん、子どもの悪口は家の中では慎みましょう。ちゃんと聞いてます。
その極度の鼻炎のためか?僕は毎日聞こえてくる音が
こもった感じだったりそうじゃなかったり聞こえる音があったりなかったりという日々でした。
そうして僕は少しずつ大きくなり小学校に行くようになった。
小学校に行くようになっても体調は治らず僕はよく風邪で休んでた。
音楽の授業もその影響をうけて、2回目3回目と連続で休んでしまった。
結果、ひさびさに登校した僕はそこで理解不能な世界をみつけた。
「ドレミって何?」
みんな急にドレミで歌い出すし、
先生はまったくもって僕に説明なんてしないし、
ハーモニカの練習とか始まるし・・・・なんじゃこりゃ?
友達に聞いても説明がなんだかよくわからず僕は理解できなかった。
担任でなかった音楽専任の先生にはなぜか僕は質問できなかった。
結果、音楽の授業は苦痛以外の何物でもなくなっていった。
そうして、小学校入って初めての夏休みになった。
通信簿を見て親は驚いた。ほとんどの教科の成績が良かったのだ。
父親に連れられて褒美のおもちゃを買いに行ったことを覚えている。
僕は音楽の授業がない素敵な日々がしばらく続くと思っていた。
しかし、母親は音楽の成績がとんでもなくダメだったのを気にしたようで
僕は夏休みの初日からハーモニカの練習を午前中1回、午後1回と
母親とつきっきりですることになってしまった。
ここからは痛々しいのでひとまずカット・・・
前回
自分のための整理作業です。
-------------------------------とにかく、つづきです。
今回は「僕にとっての音楽」について書きます、
■年少時代
我が家の父は歌がスキで、家でカラオケするほどでした。
母は父につき合う程度で、姉と妹はヒットソングを漁ったり歌ったりしてました。
小さい頃の僕はどちらかというと歌ったりすることは嫌いではなかったと記憶しています。
ただ、生まれながらの喘息持ちだった僕は極度の鼻炎持ちでした。
良く風邪を引いては鼻をかんだゴミで袋を大量につくってた気がします。
そんなわけで小さな頃の僕の写真は鼻を垂らしているか、口をぽかーんと開けっ放しか
とにかくおバカな顔をしていて、夜な夜な母が父に
「あのダメな子の将来が心配」と愚痴ってたのを覚えています。
※世の中のお父さんお母さん、子どもの悪口は家の中では慎みましょう。ちゃんと聞いてます。
その極度の鼻炎のためか?僕は毎日聞こえてくる音が
こもった感じだったりそうじゃなかったり聞こえる音があったりなかったりという日々でした。
そうして僕は少しずつ大きくなり小学校に行くようになった。
小学校に行くようになっても体調は治らず僕はよく風邪で休んでた。
音楽の授業もその影響をうけて、2回目3回目と連続で休んでしまった。
結果、ひさびさに登校した僕はそこで理解不能な世界をみつけた。
「ドレミって何?」
みんな急にドレミで歌い出すし、
先生はまったくもって僕に説明なんてしないし、
ハーモニカの練習とか始まるし・・・・なんじゃこりゃ?
友達に聞いても説明がなんだかよくわからず僕は理解できなかった。
担任でなかった音楽専任の先生にはなぜか僕は質問できなかった。
結果、音楽の授業は苦痛以外の何物でもなくなっていった。
そうして、小学校入って初めての夏休みになった。
通信簿を見て親は驚いた。ほとんどの教科の成績が良かったのだ。
父親に連れられて褒美のおもちゃを買いに行ったことを覚えている。
僕は音楽の授業がない素敵な日々がしばらく続くと思っていた。
しかし、母親は音楽の成績がとんでもなくダメだったのを気にしたようで
僕は夏休みの初日からハーモニカの練習を午前中1回、午後1回と
母親とつきっきりですることになってしまった。
ここからは痛々しいのでひとまずカット・・・
2011年8月7日日曜日
歌ってみない僕の歌ってみた
いつか書いておこうと思ってたので、今晩書いておく
たぶんこのテーマは、何度も何度も僕は書き直すと思う。
それはこのテーマが僕の人生にとって、
結構な割合を占めているからである。
読んでもらって「?」と思われるかもしれないけれど
それは僕の文章力と整理能力のなさのためなので
次回また僕は書き直して投稿したとき、読み直してもらえればと思う。
<大学時代>
僕は友達とお互いお金を借りたりしながら飲み歩く、
そんな大学生活をしていました。
とにかく愛媛の田舎のまちだったこともあり、
僕の唯一の趣味は映画鑑賞だった。
そして、映画「アパートの鍵貸します」に出会う。
こんな映画がつくりたい。心底そう思った。(※いまだに実現できていない)
<専門学校時代>
大学を出て、東京の映画専門学校に通った。
もちろんお金があるわけでもなく、
住み込みの新聞配達奨学生で学費を準備した。
そこで彼らに出会った。
彼らは同じように専門学校にいくために新聞配達奨学生をしにきた
僕より4歳ほどの若い学生たちだった。
彼らの目指すのは「映画」ではなかった。
「ゲーム」「アニメ」「バンド」「ボーカル」など僕とは違う趣向だった。
全くもってそれらに何の情報も持っていない僕にとっては、
彼らからの情報は刺激的だった。
「コミケ」や「声優」、「ボイストレーニング」「ライブ」などなど、
僕は体験したことのない情報を、毎日毎日彼らから聞くことになった。
結果僕の中では「あたかも体験したことがある」情報として蓄積されていった。
しかしその後、彼らは夢を実現できず、
次第にお互いの消息がわからなくなっていった。
<社会人時代:CM制作>
僕は映像業界に転がり込み、CMを作る会社に入った。
会社の人たちはバブルでもないのに派手にお金を使っていた。
権利や権力でガリガリと作品をつくっていくのを横目に、
僕は泥臭い雑用をこなしていた。
ただ、生活はまったくもって楽にならなかった。
そして、苦し紛れに教えてもらった派遣社員の仕事をはじめた。
当時僕は東京に家もなく、友達のうちに転がり込んで住んでいた。
<社会人時代:ネットサービス>
ある日「ネット専門のやつを担当に採用しました」そう僕はクライアントに紹介された。
そして、たった一人のネット担当業務がはじまった。
右も左も解らず、派遣社員という権利のない状況でひたすらにこなすしかなかった。
誰にも迷惑かけたくなかったから、自費でいろんなものを買い込み、いろんな勉強をした。
「プログラム」「デザイン」「サーバー構築」などなど
いつのまにか本当にネット専門家になっていた。
でも、インターネットが嫌いだった。映像業に戻りたかった。
インターネットの仕事は、どんなにがんばっても評価されにくく
リテラシー低い人の権限によって、ネット業界の職場環境悪化はとまらなかった。
※今もとまっていないとおもう。
日本のインターネットが産み出すイノベーションには感動や共感といったものもなく、
無機質で、利権構造ばかりが目立つ・・・まあ当時個人的にきらいだった。
<ニコニコ動画をみるようになって>
僕は長野の帝王をYoutubeで知った後で、ニコニコ動画を知ったのだけれど
初音ミクやその他の動画に「笑う」ことはあっても「感動」はしなかった。
そんな中、ガゼルさんの引退騒ぎがあった。なんだかすごいとおもった。
一般のユーザーがネットコミュニティでの活動を終えるのに「引退」という文字と
それを送り出すユーザーたちの活動がとても新鮮だった。
その活動は、お互いすごい作業や労働をしているわけでもなく
単に思いを伝えるのに動画をひたすら再生している。なんだか感動した。
そして、僕はこういう人たちを応援したいと思うようになった。
<ニコニコ動画ってすごい>
ニコニコ動画で僕が熱心に「歌ってみた」タグをみるようになったとき
著作権問題が徐々にクローズアップされた。
僕はまた権利権力の話かとヤキモキしていた。
この著作権問題のことを歌った曲innocenceを聴くたびに当時を思い出す。
結果。。。。。。。。。。
初音ミクの肖像権の解釈をYAMAHAが自由としたことや
JSRACの英断によって今僕等は”普通の事”のように、
ミクの楽曲を聴いたり、作ったり、歌ったりできるようになった。
この環境が僕の専門学校の頃にあれば、、、といつも思う。
そして、こうやってできた環境を残していくためには、
これらを支えるコミュニティが素敵な進歩をし続ける必要があり
それを僕は今とても期待している。
だから、歌ってもみないのに「歌ってみた」タグが僕には熱いのだ。
【僕が感動したニュース】JASRACとの契約締結のご報告
たぶんこのテーマは、何度も何度も僕は書き直すと思う。
それはこのテーマが僕の人生にとって、
結構な割合を占めているからである。
読んでもらって「?」と思われるかもしれないけれど
それは僕の文章力と整理能力のなさのためなので
次回また僕は書き直して投稿したとき、読み直してもらえればと思う。
<大学時代>
僕は友達とお互いお金を借りたりしながら飲み歩く、
そんな大学生活をしていました。
とにかく愛媛の田舎のまちだったこともあり、
僕の唯一の趣味は映画鑑賞だった。
そして、映画「アパートの鍵貸します」に出会う。
こんな映画がつくりたい。心底そう思った。(※いまだに実現できていない)
<専門学校時代>
大学を出て、東京の映画専門学校に通った。
もちろんお金があるわけでもなく、
住み込みの新聞配達奨学生で学費を準備した。
そこで彼らに出会った。
彼らは同じように専門学校にいくために新聞配達奨学生をしにきた
僕より4歳ほどの若い学生たちだった。
彼らの目指すのは「映画」ではなかった。
「ゲーム」「アニメ」「バンド」「ボーカル」など僕とは違う趣向だった。
全くもってそれらに何の情報も持っていない僕にとっては、
彼らからの情報は刺激的だった。
「コミケ」や「声優」、「ボイストレーニング」「ライブ」などなど、
僕は体験したことのない情報を、毎日毎日彼らから聞くことになった。
結果僕の中では「あたかも体験したことがある」情報として蓄積されていった。
しかしその後、彼らは夢を実現できず、
次第にお互いの消息がわからなくなっていった。
<社会人時代:CM制作>
僕は映像業界に転がり込み、CMを作る会社に入った。
会社の人たちはバブルでもないのに派手にお金を使っていた。
権利や権力でガリガリと作品をつくっていくのを横目に、
僕は泥臭い雑用をこなしていた。
ただ、生活はまったくもって楽にならなかった。
そして、苦し紛れに教えてもらった派遣社員の仕事をはじめた。
当時僕は東京に家もなく、友達のうちに転がり込んで住んでいた。
<社会人時代:ネットサービス>
ある日「ネット専門のやつを担当に採用しました」そう僕はクライアントに紹介された。
そして、たった一人のネット担当業務がはじまった。
右も左も解らず、派遣社員という権利のない状況でひたすらにこなすしかなかった。
誰にも迷惑かけたくなかったから、自費でいろんなものを買い込み、いろんな勉強をした。
「プログラム」「デザイン」「サーバー構築」などなど
いつのまにか本当にネット専門家になっていた。
でも、インターネットが嫌いだった。映像業に戻りたかった。
インターネットの仕事は、どんなにがんばっても評価されにくく
リテラシー低い人の権限によって、ネット業界の職場環境悪化はとまらなかった。
※今もとまっていないとおもう。
日本のインターネットが産み出すイノベーションには感動や共感といったものもなく、
無機質で、利権構造ばかりが目立つ・・・まあ当時個人的にきらいだった。
<ニコニコ動画をみるようになって>
僕は長野の帝王をYoutubeで知った後で、ニコニコ動画を知ったのだけれど
初音ミクやその他の動画に「笑う」ことはあっても「感動」はしなかった。
そんな中、ガゼルさんの引退騒ぎがあった。なんだかすごいとおもった。
一般のユーザーがネットコミュニティでの活動を終えるのに「引退」という文字と
それを送り出すユーザーたちの活動がとても新鮮だった。
その活動は、お互いすごい作業や労働をしているわけでもなく
単に思いを伝えるのに動画をひたすら再生している。なんだか感動した。
そして、僕はこういう人たちを応援したいと思うようになった。
<ニコニコ動画ってすごい>
ニコニコ動画で僕が熱心に「歌ってみた」タグをみるようになったとき
著作権問題が徐々にクローズアップされた。
僕はまた権利権力の話かとヤキモキしていた。
この著作権問題のことを歌った曲innocenceを聴くたびに当時を思い出す。
結果。。。。。。。。。。
初音ミクの肖像権の解釈をYAMAHAが自由としたことや
JSRACの英断によって今僕等は”普通の事”のように、
ミクの楽曲を聴いたり、作ったり、歌ったりできるようになった。
この環境が僕の専門学校の頃にあれば、、、といつも思う。
そして、こうやってできた環境を残していくためには、
これらを支えるコミュニティが素敵な進歩をし続ける必要があり
それを僕は今とても期待している。
だから、歌ってもみないのに「歌ってみた」タグが僕には熱いのだ。
【僕が感動したニュース】JASRACとの契約締結のご報告
2008年04月01日
大変お待たせしました!
昨年から、日本音楽著作権協会(JASRAC)さん管理楽曲のニコニコ動画やSMILEVIDEOでの使用について、一生懸命に話し合いを重ねてきましたが、ついに契約を締結する事ができました。
これで、JASRACが管理する楽曲について、ユーザーの皆さまが自分で演奏したり、自分で演奏しながら歌ったりした動画作品を、SMILEVIDEOへアップロードする事が可能になります。
これからも、権利者の方、コンテンツホルダーの方々と話し合いを重ね、著作権侵害問題に対処し、かつ皆様が動画作品の幅を拡げていけるよう、頑張ってまいります。
2011年6月12日日曜日
涼宮ハルヒの驚愕読んだよ
「涼宮ハルヒ」にアジアが行列 出版各社が攻勢:日本経済新聞
3年かとおもってたら4年も続編なかったのか、、とおもいつつ予約をしててた「涼宮ハルヒの驚愕」を読んだ。
今回も読み応えがあって満足している。谷川さんすごいなあぁ。
「驚愕」っていうのが、あーいうシチュエーションだと想像してなかったので、ちょっとビックリしたけれど(笑)
ネタバレしないために、シリーズの話でもしますかね。
筒井康隆氏も絶賛したこのシリーズは、ライトノベルのビジュアルが強くて、なんだかいろんな食わず嫌いの読者を生んでいるようだけれど、SFとしてかなり読み応えのある話だと思う。ぜひご一読をオススメします。
未来人・宇宙人・超能力者・異世界人・神?まで出てくるこのストーリーを「うる星やつら」みたいなコメディで落とし込むのではなく、科学的根拠をなくさないようにしながら「学園ドラマ」におさめているところのストーリー力がすばらしい。
本名が未だに明らかになっていない物語の語り手のキョン(あだ名)の語りは、どこか夏目漱石の小説を彷彿とさせるが、今時の高校生に思えるのは、不思議だ。また、主役のハルヒは非常識な能力をもっていながらそれを自覚することすることなくストーリーは展開し、彼女だけ何も知らされずに進み続けるという変なお約束も奇天烈で面白い。
なんて雑感をダラダラと語りつつ・・・
いろんな書評でこのシリーズは解説されているけれど、作者が阪神大震災を体験した影響が大きいのではないかと思われる節が感じられる設定の数々が本シリーズには登場します。僕はすこし今とリンクしている気がしています。理不尽で絶大な力のために日常を脅かされるキョンたちの葛藤。しかし彼らはあきらめることが一切ない。日常を守るために、日常を楽しくするようにしていく。
それが読んでいる自分にとっては眩しくて羨ましい。
いまは鬱な物語が流行ですが、もっとこんな物語が読みたいなぁ
ということで最後に本シリーズをメモ代わりにリスト化しておく。
<全部買って読んだシリーズ一覧>
涼宮ハルヒの憂鬱
涼宮ハルヒの溜息
涼宮ハルヒの退屈
涼宮ハルヒの消失 限定版 [Blu-ray]
涼宮ハルヒの暴走
涼宮ハルヒの動揺
涼宮ハルヒの陰謀
涼宮ハルヒの憤慨
涼宮ハルヒの分裂
涼宮ハルヒの驚愕(前)
涼宮ハルヒの驚愕(後)
3年かとおもってたら4年も続編なかったのか、、とおもいつつ予約をしててた「涼宮ハルヒの驚愕」を読んだ。
今回も読み応えがあって満足している。谷川さんすごいなあぁ。
「驚愕」っていうのが、あーいうシチュエーションだと想像してなかったので、ちょっとビックリしたけれど(笑)
ネタバレしないために、シリーズの話でもしますかね。
筒井康隆氏も絶賛したこのシリーズは、ライトノベルのビジュアルが強くて、なんだかいろんな食わず嫌いの読者を生んでいるようだけれど、SFとしてかなり読み応えのある話だと思う。ぜひご一読をオススメします。
未来人・宇宙人・超能力者・異世界人・神?まで出てくるこのストーリーを「うる星やつら」みたいなコメディで落とし込むのではなく、科学的根拠をなくさないようにしながら「学園ドラマ」におさめているところのストーリー力がすばらしい。
本名が未だに明らかになっていない物語の語り手のキョン(あだ名)の語りは、どこか夏目漱石の小説を彷彿とさせるが、今時の高校生に思えるのは、不思議だ。また、主役のハルヒは非常識な能力をもっていながらそれを自覚することすることなくストーリーは展開し、彼女だけ何も知らされずに進み続けるという変なお約束も奇天烈で面白い。
なんて雑感をダラダラと語りつつ・・・
いろんな書評でこのシリーズは解説されているけれど、作者が阪神大震災を体験した影響が大きいのではないかと思われる節が感じられる設定の数々が本シリーズには登場します。僕はすこし今とリンクしている気がしています。理不尽で絶大な力のために日常を脅かされるキョンたちの葛藤。しかし彼らはあきらめることが一切ない。日常を守るために、日常を楽しくするようにしていく。
それが読んでいる自分にとっては眩しくて羨ましい。
いまは鬱な物語が流行ですが、もっとこんな物語が読みたいなぁ
ということで最後に本シリーズをメモ代わりにリスト化しておく。
<全部買って読んだシリーズ一覧>
涼宮ハルヒの憂鬱
涼宮ハルヒの溜息
涼宮ハルヒの退屈
涼宮ハルヒの消失 限定版 [Blu-ray]
涼宮ハルヒの暴走
涼宮ハルヒの動揺
涼宮ハルヒの陰謀
涼宮ハルヒの憤慨
涼宮ハルヒの分裂
涼宮ハルヒの驚愕(前)
涼宮ハルヒの驚愕(後)
2011年5月3日火曜日
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