少し涼しく?なってきたので続きを書きます。
前回
自分のための整理作業です。
-------------------------------とにかく、つづきです。
今回は「僕にとっての音楽」について書きます、
■年少時代
我が家の父は歌がスキで、家でカラオケするほどでした。
母は父につき合う程度で、姉と妹はヒットソングを漁ったり歌ったりしてました。
小さい頃の僕はどちらかというと歌ったりすることは嫌いではなかったと記憶しています。
ただ、生まれながらの喘息持ちだった僕は極度の鼻炎持ちでした。
良く風邪を引いては鼻をかんだゴミで袋を大量につくってた気がします。
そんなわけで小さな頃の僕の写真は鼻を垂らしているか、口をぽかーんと開けっ放しか
とにかくおバカな顔をしていて、夜な夜な母が父に
「あのダメな子の将来が心配」と愚痴ってたのを覚えています。
※世の中のお父さんお母さん、子どもの悪口は家の中では慎みましょう。ちゃんと聞いてます。
その極度の鼻炎のためか?僕は毎日聞こえてくる音が
こもった感じだったりそうじゃなかったり聞こえる音があったりなかったりという日々でした。
そうして僕は少しずつ大きくなり小学校に行くようになった。
小学校に行くようになっても体調は治らず僕はよく風邪で休んでた。
音楽の授業もその影響をうけて、2回目3回目と連続で休んでしまった。
結果、ひさびさに登校した僕はそこで理解不能な世界をみつけた。
「ドレミって何?」
みんな急にドレミで歌い出すし、
先生はまったくもって僕に説明なんてしないし、
ハーモニカの練習とか始まるし・・・・なんじゃこりゃ?
友達に聞いても説明がなんだかよくわからず僕は理解できなかった。
担任でなかった音楽専任の先生にはなぜか僕は質問できなかった。
結果、音楽の授業は苦痛以外の何物でもなくなっていった。
そうして、小学校入って初めての夏休みになった。
通信簿を見て親は驚いた。ほとんどの教科の成績が良かったのだ。
父親に連れられて褒美のおもちゃを買いに行ったことを覚えている。
僕は音楽の授業がない素敵な日々がしばらく続くと思っていた。
しかし、母親は音楽の成績がとんでもなくダメだったのを気にしたようで
僕は夏休みの初日からハーモニカの練習を午前中1回、午後1回と
母親とつきっきりですることになってしまった。
ここからは痛々しいのでひとまずカット・・・

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